外部取材

no.3 甘くて塩っぱい どようびの味 2/3

「ごはんのような焼き菓子」瀬谷 薫子

 「今日はちょこっと控えめです」そう言って、マフィンの生地を型に入れる瀬谷さん。いつもなら、そんなに入れてはなりませぬ!と口をついて出そうになるほど、たっぷり注いでもっこもこに膨らませるところ。今回は家でも作れるレシピだからと、大きさはやや小さめだ。作るのは、ちょっと苦手な人もいるバナナマフィン。でもこれこそ、作って食べて、話を聞くほど、「どようび」の秘密が解けていく。

3食のうち1食として

 そもそも、バナナマフィンだなんて言うけれど、瀬谷さんは洋菓子をやや苦手としている。背筋を伸ばさずにはいられない端正な形と高級な甘さ、買った帰り道も崩れたらと気が気じゃないし、食べる場所すらも選ぶような気がして、どうにも緊張感を拭えないのだという。もちろん、それが洋菓子の魅力とも言えるが、せっかく自分でつくるなら、あくまで気張らず、帰り道にだって食べれるもの。そう考えた末に浮かんだのが「おにぎりみたいな」と前節でも触れたマフィンとスコーンだった。
 これにはもう一つの理由もあった。「私、食べるのは好きなのですが、あまり胃が強くないんです。バターの油分や甘さにもたれてしまって、いっぱい食べたくても、あとで後悔するんです」と瀬谷さん。さっぱり食べれて、お腹の満足感がちゃんと幸福感にも繋がるお菓子が作りたい。そんな思いからは、3時にちょこっと食べるおやつというよりも、3食のうち1食として、焼き菓子をしっかり食べたい。そんな食いしん坊な思いが顔を覗かせる。

 では、どんなレシピなのかと家庭用にアレンジされたものを覗いてみると、用意されているのは、全体の粉の分量の割に少ない砂糖と、やや多めの塩。バターの替わりには菜種油が用意され、牛乳かと思いきや豆乳と、そして豆腐など。「さぁ、マフィン焼きましょう」と手際よくボウルや小皿、カップに各種を計ってわけていく瀬谷さん。「塩はこの前も話したように、少し多めです。でも砂糖や塩は、2個で1食として1日に許された摂取量を顧慮して、きちんと計っています」これは、もちろん胃もたれ防止でもあるし、巷の焼き菓子のように砂糖をたっぷりに作ってしまえば、ごはんのようにはなり得ない。そこでまずは砂糖をぐっと減らし、塩は好んで入れる和の材料と洋の材料を繋ぐ仲人的な役割。かすかに塩を感じられれば、甘さや材料の風味は十分に感じられるのだ。
 

豆腐と豆乳の秘密

 菜種油や豆乳と豆腐は、バターにかわる大切なもの。「バターって、生地をしっとり保ったり、冷えた時にはぎゅっとまとめてくれるんです。そのかわり、独特な香りや少し重たい仕上がりになりがち」というように、お菓子としてなら、これでも良いのだろう。瀬谷さんの場合は、油分としての役目は菜種油に任せつつ、軽くてもっちりしっとりな仕上がりは、豆乳と豆腐が担うのだという。混ぜ合わせていくと、徐々に生地がまったりとした質感に変わっていく。粉を加える順番や混ぜ方によっても風合いが変わるので、いくつか実験してみても面白そうだ。

 そんな話をしていると、あっというまにボウルのなかの粉はいい具合に。小さく千切ったバナナは、粘り気がでないようさっと和え、ローズマリーを加えたら、あとは型に入れるだけ。最後に、切ったバナナとローズマリーをトッピングするのも忘れずに。きっとバナナが苦手な人でも食べれるような予感がする。
 瀬谷さんは、これまで食べ飽きない味について、熱心に考えてきた。もちろんお菓子にかぎらず、日々の料理においても、その視点は欠かさない。そうして出したひとつの答えが、相反するふたつの味や食感が同居するもの。例えば、ベーコンとメープルシロップをのせたホットケーキ、サンドイッチのシャキシャキレタスとオムレツ。瀬谷さんが好きな昔ながらの和菓子の餡も、ほどよい甘味と塩味がともにある。「どようび」のある日のラインナップには、新ごぼうとカラメルアーモンド、ゆずジャムに白味噌なんて組み合わせがあることからも、うかがい知ることができる。

 どようびでのメニューは、なにかと和の材料が多い。「芋・栗・南瓜・豆・きな粉」そうリズムよく口ずさんで、瀬谷さんは好きな素材を教えてくれる。インスタグラムを遡って、毎回のように変わるメニューを見ると、ちょっと気の利いた小料理屋のお品書を眺めているかのようだ。食への好奇心が人一倍つよい瀬谷さんは、レストランで食べたものからもヒントを得たり、食材屋ではじっと棚と睨めっこをしたり。なにか思い浮かべば、メモに書き留める。
 看板メニューのような定番を決めずに作っているのも、あんな組み合わせやこんな材料が先に浮かぶから、それに逆らって決まったものをいつも用意するより、自分が作って楽しいものを大切にしているのだという。常設の店舗がないのだから、敢えて自分で自分を縛らない。それでも、常連さんのたまのリクエストに答えて、プレーンスコーンをつくるところは、情に熱い瀬谷さんらしさなのかもしれない。

 そんな話をしながら、たまにオーブンをあけては、トレーをくるりと回して焼き色をいい具合につけていく。工房にほんのりと香るバナナの匂いは、あの甘さいっぱいのそれではなく、落ち着いたものだった。ふたりで口いっぱい頬張ると「この生地、レンコンとひき肉も合いそうですね」と瀬谷さん。まだまだ探究心は尽きそうにない。次回は最終回。お家レシピは、カボチャのスコーン。もう少し、瀬谷さんにお話を伺います。

マフィンのレシピ

◎バナナとローズマリーのマフィン(6つ分)

A
薄力粉 160g
きび砂糖 50g
ベーキングパウダー 4g

B
もめん豆腐 100g
油     40g
卵     1個
豆乳    30g
塩     小さじ½
ローズマリー(フレッシュでもドライでも可)ひとつまみ程度
バナナ   2本

(作り方)
※オーブンは予め200度に余熱しておく。
① Aをあわせてふるう。
② 別のボウルにBを上から順に加え、混ぜる。
③ 2にバナナ1.5本分をひとくち大にちぎりながら加えて、ゴムヘラでさっと混ぜる。
④ 3のボウルに1を加え、ゴムへらで粉気がなくなるまでさっと混ぜる。
⑤ マフィン型に6等分して流し入れ、残りのバナナを薄切りにしてトッピングする。
⑥ 200度のオーブンで13分→型を反転させて7分ほど、表面に焼き目がつくまで焼く。
⑦ 竹串を通して、生地がついてこなければできあがり。

※豆腐は絹豆腐でも構いません。絹を使うとよりふんわり軽い食感になります。
どようびのマフィンのようにどっしりした食感が好みの方は、木綿豆腐がおすすめです。

・「マフィンとスコーン どようび」
東京・吉祥寺の井の頭公園近くで月に数回土曜日にオープンする、マフィンとスコーンの店。「おにぎりみたいな焼き菓子」をコンセプトに、冷めてもおいしい素朴な焼き菓子を作る。営業日やメニューのお知らせはインスタグラム@doyoubi_muffinをご確認ください