外部取材

no.4 急須の里を訪ねて 1/2

萬古焼と南景製陶園

起こして、削って、引っ付ける

 急須を手に取り蓋を開けると、そこに刻まれた「万事急須」の印。遅々として物事が進まないとき、心が冷たくささくれ立つとき。忙しない手をとめ、そっと湯を沸かし、お茶を一口、心を鎮める。南景製陶園の急須には「災い転じて福となす」そんな想いが込めた印が押されている。毎日のお茶を美味しく淹れる、ささやかな道具を探し、私たちは、三重県は四日市を訪ねた。

 工場の片隅から、カタンカタンと響く子気味良い音。「茶こし、取っ手、注ぎ口、蓋、胴体。急須は5つのパーツからできています。それぞれのパーツを職人が機械式ろくろに収めた石膏型を使って成形し、手作業で接合します」そう説明してくれたのは、萬古焼急須の窯元、南景製陶園を営む荒木照彦さん。10名ほどの職人は黙々と、その日、自分に任された工程を素早くも正確にこなしていく。
 「急須の生産は、出荷までにおよそ12工程です。土の配合から始まり、5パーツの成形、削り、接合、生地仕上げ、素焼きと本焼成、蓋と胴体のすり合わせ。ここに二度の検品や、ものによって彫りや加飾と施釉もはいります」と、聞いているだけで気の遠くなる作業は、完成まで期間にしておおよそ1ヶ月だ。

 「萬古焼」と聞いていぴんとくるなら、あなたはちょっとお茶好きか、手仕事に明るいか、ひょっとしてこの場所の生まれ育ちだろうか。その昔から「急須と言えば、三重の萬古か愛知の常滑」と言われて久しい急須の里だ。特に萬古焼は、その成り立ちや歩みも独特な産地として知られている。
 四日市が急須の産地になったのは、いまから300年ほど前。沼波弄山の茶趣味が嵩じて開窯されると「いつの世までも栄える優れたもの」と想いを込めて「萬古」あるいは「萬古不易」と焼物に印を押したことが始まりとされている。やがて文人たちの間で煎茶が流行ると、それに呼応し木型をつかった急須づくりが考案され、地場産業として大きく成長していった。この地で採れる粘性の強く粒の細かな土は、軽くて丈夫な急須に必要な焼締に適し、重宝されたのだという。

 最盛期から見れば、萬古焼も他の産地と同じように縮小しているが、南景製陶園は今も四日市で急須づくりに励む数少ない窯元の一つだ。1913年、元を辿れば、土を掘って水簸(すいひ)し窯元に陶土を売る陶土屋として創業したという、珍しいルーツを持つ。50年ほど前に製陶業に舵を切り、今は3代目の荒木照彦さんと妻の礼さんのふたりが、家族経営の小さな工場を切り盛りしている。昔から変わらずつくっているのは、急須や湯呑み、そして最近では食器も。

 「土は生き物」と荒木さんが聞かせてくれるように、陶器づくりは気温や湿度といった気象条件、土の素性や石膏型それぞれが持つ癖など、微妙な差異により仕上がりが大きく変わる。例えば、機械式ろくろは回転こそ一定だが、土をコテで型に押し当てるのは職人自身。陶芸作家がろくろをまして手作業でつくるのと変わらぬ神経を使いながら、素材と形を読み解き、その手に刻んだ感覚を頼り成形していくのだ。パーツの削り出しを終えると、しばし乾燥。乾いた接合部や先端は丹念に削り、水で溶いた泥で胴体に一つひとつパーツを接合していく。
 茶こしは、限られた職人のみに許された工程。手のひらに取った土を小籠包の皮をつくるように、綿棒で丸く伸ばしていく。程よく広がれば、お手製の型にあてがい、約400個の穴を丁寧に空けていく。「穴は小さいほど綺麗ですが、細かすぎると見た目ばかりで、お茶の出が鈍くなります」と職人の岡井さん。使われるであろう茶葉の大きさも考慮し、程よい穴の大きさとおおよその数が決められている。ちなみに、胴体の個体差に合わせて微妙に異なる数パターンを予め用意しているというから、手の込みようがひと味違う。これを胴体にはめ込むことを「茶こしを納める」と表現するのだそう。どこか神聖な儀式にもみえる瞬間だ。
 急須の形が整うと、水を含んだスポンジで表面を整え、8時間の素焼きへ。検品を挟んでの本焼成は10時間前後。このとき、夏は工場の温度が50度近くなるという。
 そうして焼きあがった急須は、蓋と胴体がぴたりくとくっ付いた状態。これを軽く叩いて離したら、すり合わせて出来上がり。

触って使って、暮らしに馴染む急須の形

 「いい急須とは、どんなものですか」そう尋ねると、荒木さんは「手に馴染み、水切れがよいこと。それはつまり、急須全体のバランスが良いことです。パーツごとの完成度はもちろん大切ですが、持ち手や注ぎ口なら胴体に対する位置と角度、胴体と蓋なら、どのくらい密閉性が高いのか。そうした全体の調和がとれているかが、使い心地の善し悪しに繋がります。」
 この使い心地とは、私たちの生活とも密接に関わりながら、変化してきた。家は畳にちゃぶ台、茶葉は一枚が大きな手揉みが主流の時代から、椅子にテーブル、機械を用いた細かな茶葉が一般的になった。すると使う高さも、もとめられる細部の形状も変わることになる。「例えば、注ぎ口が胴体に対して高すぎれば、少し無理にに傾けることになりますし、口先が胴体より低ければ、お湯を入れるだけで漏れてしまいます。これは、そもそも使う高さにも由来します。茶こしの形状や穴の大きさも同じです。」と現代の暮らしに適すよう、今も実際に使いながら、些細な仕様の変更が繰り返されている。
 ちなみに、荒木さんのつくる急須の注ぎ口がぷっくりと膨らんでいるのは、傾けた際に膨らみでお湯を回遊させ、勢いよく出ることを防ぐためなのだとか。

 工場の二階にあがると、出荷前の製品がずらりと並ぶ。そのなかの一つに、見慣れない茶こしの急須が。底にステンレス製の網をはめ込み、一見どこからお茶が出るのか分からない。「ベンリー急須っていいます。社長の父でもある先代が考案したのですが、茶こしの茶葉の目詰まりを減らし、洗い手間も簡単にしたものです。」と教えてくれるのは、礼さん。お茶だけが網の下を抜けて、出るのだという。目が細かいから、お茶の味わいも変わる、なんて声も聞こえてきたり。
 棚に並ぶ急須をじっと目をこらすと、一つひとつ僅かに異なるのは、職人のバランスを心得た手仕事の現れだ。

 萬古焼は、これはでOEM生産が中心の商業産地と言われてきた。そのため、窯元や産地名が表にでることは少なく、その存在は広くは知られぬまま、バブル崩壊やリーマンショックなど、時代の荒波と共に窯元の数も減らしてきた。
 それでも、2010年代に入ると残った窯元がそれぞれ、協力し合いながらも個性的な製品を生み出し、若い世代からも知られる存在へと変わりはじめ、現在に至っている。
 南景製陶園でも「黒くすべ」シリーズに代表されるオリジナル製品や新たなラインアップも毎年いくつか加えられ、全国さまざまな場所で手に入れることも可能になった。次回は、そんな製品のお話と、美味しいお茶に授かるコツを探っていきます。

黒くすべ急須
上:芙蓉 1~2人用 満水190cc (共茶こし / 底あみ) ¥5,830
左:鉄鉢 2^3人用 満水240cc (共茶こし / 底あみ)¥6,600
右:杏 3~4人用 満水320cc (共茶こし / 底あみ)¥7,920

南景製陶園
〒510-0001 三重県四日市市八田1丁目9−14
059-331-5715
https://www.nankei.jp
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写真・文:原田 教正