外部取材

no.2 Permanentは考える 美味しいは、形を変えて、いつまでも。

福岡県大牟田市の商店街に、あるデザイン事務所が引っ越してきた。ここに住む夫婦は、食べることに愛情を注ぎ、その想いを冊子に編んで伝えている。いま二人が囲む食卓には、これまでの人生と体験の積み重ねが現れていた。

 「THIS DESIGN」というデザイン事務所を営む、定松伸治さんと千歌さん夫妻が新しく構えた自宅兼スタジオにお邪魔した。この夫婦は、「食べること」についてどこまで考え続けるのだろう。農家や加工業者など食に関わる人たちに思いを馳せ、ひとつひとつの食事に向き合っている。それは、二人が食べることをこよなく愛しているからだ。
 二人は、デザインはもちろん、撮影から原稿の執筆などの編集まで手がけるリトルプレス「PERMANENT」を作っている。食の生産者への徹底した取材や、家族の食卓観察などを通し、食について考えさせる内容だ。その制作現場がここ、「IN THE PAST」と名付けられた場所。千歌さんの両親が営んだ調理道具と生活雑貨の店をリノベーションし、この夏完成したばかりだ。無垢で大胆なデザインが、大牟田の商店街で目を惹く存在になっている。ゆくゆくは食のイベントなどに使えるようにと、キッチンには5口コンロと大きなシンクや食洗機。定松夫妻はここで一緒に仕事をし、暮らしを共にしている。


 夫妻の〝食べること好き〟は筋金入りだ。実家が商店だった千歌さんは、中学生の頃から毎晩のご飯作りが日課だった。食べ物を扱うことはその頃から生活に染み込んでいて、「今思えば、好きだから続けられたのかな」。同じように、伸治さんも幼少期からかなりの食いしん坊。高校時代には自分で考えた献立をイラストとメモにして、毎日のように母に注文していたほど。しかし、そんな千歌さんと伸治さんが夫婦となってからの3年間の食生活は荒んでいた。二人は仕事で多忙を極め、コンビニ弁当やファストフードに頼りきりの食生活が続いていたのだ。伸治さんはデザイナーとして独立して年数が浅く、千歌さんは勤めていた新聞社を辞めたばかり。とにかく働かなければならない時期だったと言う。そんな二人が食を思考するようになったのは、その頃からだという。
 ちょうど同じ時期、千歌さんの父が潰瘍性大腸炎と診断された。父の知人で薬学部の教授だった人の勧めで肉食を辞め、玄米菜食を取り入れた父がみるみる元気になる姿を見て、食への意識が一気に変わっていった。そこで、千歌さんも玄米菜食生活を始めてみることに。当時と比べると今では玄米菜食も緩やかになり、肉食もたまの楽しみであるが「振り返ってみるとやり過ぎ」と言うほど、食卓には、肉や魚が上がらなかった。あまりのストイックさに伸治さんは大ブーイング。初めは外で買い食いもしたが、次第に体が素直に反応し、体調が変化するにつれて買い食いは減っていった。それからは、だんだん原料や生産者についても追いかけるように。その探究心が冊子作りの肝となっている。


 「PERMANENT」を創刊したのは東日本大震災がきっかけ。自分たち二人にとって、「生きる」ことと切っても切り離せないものが食事だと、改めて気づいたのだという。同時に、メディアから流れる情報が錯綜していく中で、飛び交う情報に対して受け身になっている事態に危機感を覚えた。みんなが思考停止してしまうのは、考える材料や知識がないから。その結論をもとに、「デザイナーとしての受注仕事だけでなく、自ら発信したい」と新しい媒体を作ることに決めた。「つくる、たべる、かんがえる」をコンセプトに刊行する小冊子は、全国のセレクト書店をはじめ、いまや台湾などの海外でも支持を集めている。
 定松夫妻の根底には、「食事は楽しいものでなければいけない」という考えがある。さらに、「食事を楽しくするには、能動的にならなければいけない」、と口を揃える。まず自分が普段どんなものを口にしているのかを知っておくことが初めの一歩。受け身にならずに、食べることに興味を持ち、自分の食に貪欲になることが大事なのだ。


 二人はこれまでの体験を積み重ねることで、食への愛着を深めていった。ファストフード漬けの日々や、極端な玄米菜食生活、災害時の経験など全てが今につながっているのだ。特に、都会での食環境が印象に残っているという。デザイナーとして独立し、それまで住んでいた熊本から福岡に移った頃、野菜の味の違いに定松夫妻は愕然とした。「今まで食べていた美味しい野菜は、都会のスーパーには並んでいなくて、びっくりしました」。
「IN THE PAST」に伺ったこの日、ダンボールにぎっしりと野菜が届いた。二人が頼りにしている農家に旬の食材を注文しているのだという。千歌さんは、週に一度届く野菜を、その場で調理法を考えて常備菜に変えていく。ピーマンとナスは焼き浸しになり、トマトやズッキーニはスープ、保存のできるタマネギやジャガイモは丁寧にしまっておく。忙しい毎日でも簡単に美味しい食事が取れるよう工夫した、千歌さんの大切な仕事だ。同じように、信頼する畜産農家から肉が届くと、今度は伸治さんがベーコンやチャーシューに。こちらはハレの日に食べるご馳走や、特製「さだちゃんラーメン」のトッピングになる。
 

 二人のように、生産者から直接食材を買う方法は、とても合理的だ。それは千歌さんが言うところの〝かかりつけ農家〟、つまり頼りになる農家を見つけておくこと。すると、かつての二人のように住む場所が変わっても、いつもの食材が手に入り安心だ。こんなに心強いことがあるだろうか。
「PERMANENT」で取材をし生産者と関わるうちに、二人の食への思考は深まり、自分たちらしい食生活を築き上げてきた。「今の若者や都会暮らしの人たちも〝かかりつけ農家〟を探したり、目の前の食事の美味しさがどこから来ているのか、その理由を考えたりすることから始めてみてほしい」。たとえば、有機栽培やオーガニック農法の生産者でも、天候によっては止むを得ず農薬を使うこともあるかもしれない。しかし、生産者がきちんとした信念のもとに作っていることを知っていればその判断を信頼できるだろう。また「何ごとも、一度は試してみることが大事です」。味噌やポン酢などの調味料も、買わずに自分で作ってみれば、材料として何が必要なのかがわかり、次に買うときの判断基準にもなる。自分で体験したことを信じ、肯定し、工夫して生活に落とし込めれば、立派な〝食べる人〟になれる。「みんなが食べることを楽しめば、それが生産者に伝わり、暮らしを豊かにしていく」と、定松夫妻は信じる。その中心にあるのがキッチンであり、家庭であり、住まいなのだ。


 食を丁寧にすることで、伸治さんも千歌さんも仕事や暮らしの全てに気が回るようになった。生産者を知ると、天気や季節の細かな変化に敏感になり、日々の生活の全てが変わっていった。晴れが続くと雨を祈り、雨が降ると喜ぶようになった。そういうふうに、地に足のついた思考回路も、二人の中に育ってきたのだ。二人の柔らかな暮らしぶりは、とことん突き詰めて得られた知識を丁寧に取捨選択して成り立っている。そこには、単にオーガニックやナチュラルではない自然さがある。
「IN THE PAST」のキッチンには二人ともが立ち、必ず二人揃って食卓を囲む。「その方が絶対に美味しいし、ちゃんと食事と向き合える。千歌ちゃんとは家で食べるのが一番楽しい」「喧嘩していたって、美味しいものを見つけると自然とサダさんの顔が浮かぶんですよね」。二人の仲の良さも、食事の間に秘訣があるのかもしれない。

写真キャプション
・野菜は千歌さんの手にかかればほとんど捨てるところがない。皮やヘタは、乾燥させて野菜の出汁をとる。
・“かかりつけ”と千歌さんがいう農家から届いた野菜たち。状態を見ながら、どのように下ごしらえをするか考える。
・「PERMANENT」は2013年に創刊。じっくりと取材を重ね、食の生産者や、家庭の食卓を見つめてきた。 .越してきたばかりの「IN THE PAST」では、定松夫妻らしい生活が、少しずつ出来上がっている。
・野菜を細かく切って、水分の多い順に鍋に重ね入れる。すると、水や味付けの必要なく旨いスープができるという。美味しい野菜を十分に生かす千歌さんの知恵だ。
・ダンボール箱が届くと、大きなダイニングテーブルに中身を広げ、分類を始める。すぐに調理しなくてもよいジャガイモや玉ねぎは小鍋に入れて保存。手際がいい。
・お互いに「千歌ちゃん」「サダさん」と呼び合う姿が素敵。酸いも甘いも噛み分けた二人だからこそ、この柔らかな笑顔が生まれるのだろう。

写真:原田 教正
文:西村佳芳子

THIS DESIGN
定松伸治、定松千歌夫妻によるデザイン事務所。グラフィックデザインから広告制作、ワークショップの企画開発など、その活躍は福岡を拠点に全国各地、活動内容も多岐にわたる。