バックナンバー

『住む人』第1号より「暮らしを考える家」

今、住まいのことを考えている。部屋の中をさわさわと流れる風。床からは、無垢材の優しい質感が伝わってくる。あぁ、家も生きているのかもしれない。部屋に響く家族の声にほっと一息つきながら、そんなことを、ふと思う。

―――

夢のマイホームなんて言葉は、とうの昔。いつしかマンションや賃貸物件でこと足りてしまう時代に。悩んで建てる手間や、引越しの可能性も考えればその方が便利なのも事実。けれど、一つの家にずっと住み続けることで発見できる人生の喜びも、捨てがたいものがある。

数年前、ある取材の帰り道に一軒のお宅にお邪魔した。木々に囲まれ、目の前には大きな緑地が望むシルバーグレイに日焼けした板張りの外壁が特徴の家だった。風格漂う佇まいでありながら、どこかチャーミング。迎えてくれた婦人のにっこり笑った顔と、楽しそうに話す可愛らしくも上品な姿はまさに、家はその人を表わすという言葉の通り。

「壁に飾っているアロハシャツ、子どもたちが小さい頃に着ていた物なのよ」と話してくれたのは三浦さん。技拓が今から50年前、最初に建てた家のお施主さんだ。風に揺れる大小様々なシャツは、この家に刻まれた今日までの日々をそっと聞かせてくれるようだった。たくさん笑いながら、家のことを話す三浦さんの表情を見ていると、その表情から、日々の良いことも悪いことも、常に家と家族が共に歩んで来たのだと感じる。

「これもね、子どもたちが着ていたTシャツをクッションカバーにしたの」と、これもまた思い出が暮らしの一部分になっていた。飾られた写真や趣味だという絵、そして家のあちこちに残る50年の歳月を思わせる痕跡。その全てが、家と家族の記憶として刻まれているようだった。

梅雨明け間近、しっとりした空気が家全体を包むと、外は蒸しているのにひんやり冷たい室内は、なんだか心地よい。茶色く日焼けし傷や凹みも残る木壁の風合いはどこか温かく、ちっとも古臭さを感じさせない。今では一緒に暮らしていたお子さんも大人になり、それぞれの場所で暮らしているのだそう。

けれども、不思議と当時と変わらぬ家族の気配を感じる。それは、静かなはずの部屋を賑やかに彩る思い出が、家全体から家族の声を響かせているような、そんな感覚といえばよいだろうか。三浦さんの家への愛情と、悲喜交々、今日までの日々を家族と共に大切に過ごして来たその歩みを垣間見ると、「家ってなんだか良いなあ」と呟かずにはいられなかった。そこには、手塩にかけて育てた家と家族の姿があった。

(住む人 Vol.01 2016年発行より一部抜粋・再編集・未掲載写真を含む)

編集後記
―――
三浦邸は、技拓が建てた第一号邸として今も鎌倉の見晴らしの素晴らしいとある場所に佇んでいます。窓からの借景を得るべく選ばれた少し変わったその土地には、創業者の白鳥和正や当時の設計者が拘りと家づくりの熱意を惜しみなく注ぎ込みました。技拓の歴史を語る上で欠くことのできない一軒として、三浦さんは家族と日々の生活を紡ぎながら、これまでさまざまな方を暖かく迎え家にまつわるお話を聞かせてくださいました。改めて、家へと技拓への深い愛情に私たちも胸を打たれる思いです。