「技拓」で住み継ぐ、四季を味わう暮らし

時を経て、趣のある家 11

鍋屋邸:自然のなかで、受け継いで暮らす

 上からコツン、コツンという音がし始めたら、秋が訪れた合図。秋口になると、鎌倉山にある鍋屋邸の屋根にはクヌギの実が落ちて楽しげな音を立て、そのたびに子どもたちが大喜びする。
「ちょうど昨日は強い風が吹いて、葉もだいぶ落ちてしまって。紅葉のこの時期でもあたたかいのは、南風が強いからだと気づきました。でも、今日寒いのは、逆方向の北風が吹いているから。今までは風向きなんて、考えたこともなかったんですけどね」と夫の顕太郎さん。

 前オーナーが売りに出した築12年のこの家にひと目惚れし、住み始めて10カ月。まわりは落葉樹ばかりなので、住み始めたときはさびしく感じたが、春に向かうにつれて徐々に木々が芽吹くのを見て心が弾み、夏になると室内が緑に染まるのに驚いて。季節が一巡し、家への愛着は日増しに深まっているという。

 2008年に結婚後、都会のまん中で暮らしたふたりは、2011年から転勤でニューヨークへ。約6年間、さまざまな考え方にふれたことで、これまでのとおり一遍だった価値観が一変。また、子どもが生まれ、自分たちの生き方や暮らし方を真剣に考えるなかでこの家と出会う。
「鎌倉といっても、おそらく駅からいちばん遠い立地で、西向きで希望していた日当たりは望めない家」でも、それらをはるかにしのぐ魅力があった。前オーナーが考えたコンセプトは、“家族みんなで集まって、話ができる家”。メインである2階のリビング・ダイニングは、どの部屋よりも日がよく当たり、景色もよく、おのずと家族が集まる場所に。

「ニューヨークで築100年を超えても古びない、存在感のある物件を数多く見てきて、この家を初めて見たときも似た思いを抱きました。DIYや日々の手入れでだんだん私たちらしい家になっていますが、まだ未完成。技拓の家は、手をかけながら住むことで形をなして、メンテナンスを重ねることで魅力を増していくよさがあると思います」
 蓄積した経験で得た、自分たちなりのものさし。これからもふたりはそれを心にとめ、この場所に似合う住まいを形づくっていく。

(2007.3竣工)

写真/吉森慎之介
取材/増田綾子