「技拓」で住み継ぐ、四季を味わう暮らし

時を経て、趣のある家 09

濱野邸 : 巡りつながる、暮らしの物語り

 吹き抜けの間仕切りのない空間に光がさし込む。床で躍る木漏れ日として、白壁に虹のように現れるきらめきとして、寝室を照らすひとすじの月光として。
「ほんとに気持ちいい家なんですよ」と、この家の主・濱野敏子さんのほがらかな声が室内に響き、よりいっそう明るさを増す。

 長年、アジアやアフリカなどの途上国で国際協力活動に尽力していた濱野さんが、この家を建てたのは50代半ばのこと。
「そもそも自分が家を建てることなど、夢にも思っていなくて。60歳になったら現場からリタイアして、両親が残してくれた都内の実家で暮らそうと思っていたら、なんと定期借地だったので、引っ越さなければならなくなってしまったんです。急なことであせったけれど、よくよく考えてみたら、この先、都会で暮らしていきたいわけではないなって」
 そこで、思い切って方向転換を図ることに。新築にあたって、具体的な場所や家のイメージがあったわけでなく、資金調達や建築会社の当てがあったわけでもなく、ただ「自分が心地よく生きられる暮らし」に向かって舵を切ったら、自然豊かなこの土地に出会い、多くの助けてくれる人々に出会い、家に対する考え方を同じくする『技拓』に出会えた。

「仕事にしてもそう。自分のライフワークである国際開発協力に関する仕事に携われたのも、大学で学んだ薬学の知識、アフリカでの旅で出会った人々とその暮らしぶり、イギリスの子どもの健康研究所で学んだ栄養の大切さといったことが積み重なった結果なんです。いろいろのことが機縁となってつながっていて、仕事も家も、自分の願いはたくさんの出会いと助けによって実現しました。夢を叶えるというのは、こういうことかなと思うんです」

 この家のコンセプトが「境界のない家」なのも、そんな濱野さんの思想から。まわりの自然と家がつながり、近所の人や友人とつながる家。家のなかにも区切りがなく、動線が有機的につながり、それでいてコーナーごとに意味があり、個性がある。
 その空間に両親や大切な人たちとの思い出の品々と、生きるうえで忘れてはならない大事なことを思い起こさせてくれる本や写真、オブジェを添えて、家と対話するように暮らす日々。
「掃除は義務ではなく、楽しく。きれいに掃除することだけが目的でなく、人に対するのと同じように家に対しても心配りをしてあげて。だから、掃除機で一気に吸いまくるのではなく、ほうきでやさしく床を掃いてあげたくなるんです。そうすると、家も応えてくれるような感じがして、私までうれしくなります」

 開け放たれた窓の先は、すがすがしい秋の気配。もう少し秋がすすんだら、デッキ前のカラスザンショウの実をついばみに鳥がたくさんやってくる。これから、世界とどう向き合っていったらいいのか。その世界と向き合える人間になっていくための物語の舞台がここにある。

(2011.5竣工)

撮影:兼下昌典
取材:多田千里