外部取材
no.4 青さんのガラス研究
「探究と失敗から生まれるもの」西村青
11月だというのに、期待していたほど寒くない。少し厚手のコートを羽織ったまま、駅前のロータリーでタクシーを捕まえる。北陸特有の鉛色の空だけは、もう冬の気配だった。途中、大きな川をいくつか越えながら、市街地を遠ざかっていった記憶がある。なにしろ、硝子作家の西村青さんを富山に尋ねたのは、2年近くも前のことだった。それを今頃、原稿にしているのだ。平だった景色が次第に緩やかな起伏を帯びて、山間のそれになってゆく。青さんは、ガラス作家のピーター・アイビーさんの工房「株式会社流動研究所」で働く傍ら、この5月に東京は表参道のスパイラルマーケットで初の個展を控えている。一見するとシンプルなグラスやフラワーベース、最近ではお皿やゴブレットも作っている。吹きガラスの技法を用いつつ、細部にほどこしを忘れない、独特なマチエールと揺らぎをガラスに投影する作家だ。そして何よりも目を見張るのは、そのフォルムと言うべきか、佇まいである。寡黙にして こちらに何かを語りかけてくる様は、まるで人と対峙したときに覚える印象にも近い。
そんな青さんとの出会いを遡ること2020年の3月。とある撮影現場のテーブルの上には、幾人かの作家の作品に混じって青さんのグラスが並べられていた。撮影は、それらを私が自由に選んで構成し、企画展の告知用の写真として納めるというもの。もちろんどの作家物も素晴らしかったが、静かで、じっとしているようでどこか斜めな立ち姿をした青さんのグラスに、一目散に手が伸びた。よく小学生や中学生の集団の端にいる、ひとり無口でシャイな、けれどとても意思の強そうな子。そんな風に感じたことを覚えている。
そうして、手に取ったグラスを白い空間にそっと置く。「どこから来たの?」「なんていうの?」と話しかけたり、じっと観察してみる。けれども反応があまりない。試しに水を注ぐと、ちょっと嬉しそうに、何かをぽつりと語り返してくるように思えた。
企画展の担当者に尋ねると「私も青さんのことは前任者から教えてもらいました」とのこと。撮影が終わったら、いくつか購入させてください。それから、お会いできるなら訪ねてみたいです。とお願いをした。まだ当時、今よりも更に知られていなかったであろう青さんを最初に見つけたその方は、とても目利きで物に愛のある人であったに違いない。私は撮影が終わっても、ずっと青さんのそのグラスをああでもない、こうでもないと、しつこく撮り続けていたのである。
奈良県で生まれた青さんは、先にも記したように今は流動研究所の一員として働き、昼間はアイビーさんの制作補助などをしながら、休日を自身の制作に充てている。それ以前についても尋ねてみると、なかなか興味深い。高校卒業した青さんは、大学には進学せず「美大に行くくらいなら、海外にでも行ってこい」とお父さんの後押しもあり、イタリアへ3ヶ月ほどの語学留学を経験している。ちょっと癖のあるお父さんの一言だが、身覚えがある私としては、とても的をいているような気も。ただ実際には、留学というより見聞を広めるヨーロッパ旅行だったとか、なかったとか。
では何故ガラス?イタリアに?と疑問が浮かぶが、建築関係の仕事をしていたお父さまとグラフィックデザインの仕事をしていたお母さまのもとで育った青年期の青さんは「父も母も私服で仕事をしていたので、スーツだけは着ないと中学生の頃には決めていました。きっと自分もものづくりをするんだろうなと、漠然とですが思っていました」と言う。そこに、好きだった歴史の授業に登場する中世のガラス工芸や美術、ヨーロッパの文化への興味が留学へと繋がるのだった。帰国すると富山県のガラス専門学校に進み、4年間のカリキュラムの中でアートピースやオブジェクトとしてのガラス、他にも技法全般を学びながら次第に吹きガラスの道へ進んでいく。「アート的な制作はセンスがないと気がつきました。他にも技法的なことは大体学びましたが、最終的に3年生からの2年間は吹きガラスを極めていきました。そのなかで、使うという観点から形をイメージしたり、それを自分の手で作ることが好きなんだと気がつきました」
そうして、卒業を控えた青さんは就職先を探す中でアイビーさんと出会うことになる。「もともと、ショーンさんという先生が専門学校に勤めていて、その方がアイビーと知り合いだったんです。僕自身も色々と働けそうな工房を全国に探していくなかで、ぴんとくる出会いがないまま、絶対に越えられないような師匠に出会えたら…と思っていた頃でした。そうしたら、アイビーがスタッフを募集していると聞いて、今に繋がります」はじめは研究生として1年という話が、もう9年になろうとしている。その間にスタッフも当時の3人から大幅に増え、工房をつくるために建物の解体など、ガラス以外のさまざまな仕事もおこなったという。
吹きガラスという言葉は、多くの人にも耳馴染みがあるだろう。古代ローマ時代に技術的に確立されたと言われ、それ以降、現代に至るまでほぼ変わらない技法として普及している。大きな設備と人員があれば吹きガラスで量産品をつくることもできるのだが、一つ一つ自らの手で宙吹きや型吹きして作品をつくり、突き詰めていくことも意義深い。「吹きガラスは研究的なところが強くて、初めて天然素材を元に人工的につくられた素材(砂とナトリウムなどを混ぜて燃焼させて生成される)です。それを巨匠を含め連綿と研究してきた人々がいたから確立され、今があります。そのことを深く知るほど、やはり絶やしたくないという思いもあります」と青さん。「同時に、普遍的な技法だからこそ、自分なりの視点とつくる意味が必要です。純粋に手から生まれるガラスが廃れてしまわないよう、どれだけ精神性やガラスを生で触ったからこそ分かることを投影できるか…だと思います。ただ、ちょっと矛盾にも聞こえますが、作家としては新しい物を生み出さないと続けていかれませんし、そうでないと作家とての価値はないのかなとも思います。苦労はするでしょうけど、それの鍛錬みたいなものが楽しみでもあります」
青さんは今、ガラスの周りに薄い筋(キズのようなもの)や歯形のローラーで凹凸を作った輪、酸化還元による黄色の輪などをあしらった作品を手がけている。中でも興味深いのは、薄い筋を描いたもの。これは本来、ガラスに輪を巻き付ける途中、先に形成を終えやや冷めた胴体にまだ熱く溶けた状態のガラスを巻きつける際、その温度差によって輪が取れてしまうという現象が始まりだった。そうして輪が割れて胴体に残った筋を見た青さんは、「失敗なんですけど。それが逆に良くて、今度は意図的に技法として取り入れました」と、まさに既存の技術を用いた習作の過程で生まれた表現だった。「新しいものをいきなり生み出そうとするより、既存のものの研究から些細な新しさが生まれてくる。そこからくるさり気なさに、心が揺れますね」
ついさっき、表現と書いたが、青さん自身は制作そのものを表現とは捉えていない。「なにかつくるとき、表現しようという考えは、そもそもあまりありません。わざわざ自分が作る理由を考えると、自分がガラスに触った痕跡があるけどない、ないけどある…みたいな、そんな感じで残せると良いなと思っていて」。じっくり作品に目を凝らすと、言わんとすることがきっと分かるはずだ。さらに気になって耳を傾けると「ガラスは陶器などと比べ着色が簡単ではっきりした色が現れる素材ですが、ガラスを知れば知るほど無色で透明なものが深いというか、自分にあっているなと思います」という。形(フォルム)への捉え方も「作りながらデッサンをしている、線を描いている、そんな感覚があります。ただ、形のイメージは持っていても、それを追うだけではなく、 作りながらガラスの方に線や形を合わせていくような感覚です」。というように、表面的なことに終始せず、ガラスが持つ本質的な部分と向き合う探究者としての側面としなやかさが色濃く見えてくる。
青さんのつくるガラスは、独特に揺らいでいる。「揺らぎ」という言葉は、手の拙さを工芸批評的に指摘する際にも使われるが、ここでは違う。青さんのそれは、予め頭の中に描いたであろう線や形が、溶けたガラスに応じて変貌していった経過と痕跡であり、そこには手の曖昧さではなく、青さんとガラスの必然的なものを感じさせられる。「吹きガラスの技術習得は、突き詰めるほど容易ではありません。心技体が顕著に現れます。回転体として目には見えない芯があり、摂理や物理に基づいて素材をコントロールしていくのですが…ガラスの性質もあり、あくまでも素材がなりたい形への補助に過ぎないと言う側面もあります。人が生まれながらに持つ平衡感覚や形を見極め、その訓練の差が、形に現れるのかもしれません」と青さん。
物理学の世界では、「均等のとれた形」や「真っ直ぐな線」の存在は、揺らいでいるもの(波形)の存在によって逆説的に証明される…という定説がある。そこにある完全と不完全の絶妙な関係性は、ガラスにも通じているのかもしれない。
よく物づくりに際して「息吹を吹き込む」という言葉が使われるが、本当に息を吹き込んでつくるのは、吹きガラスの他に思い当たらない。実際に吹き込まれる精神性や思慮深い眼差、さまざまな積み重ねによる検証結果。それらがガラスに反映され独特なフォルムになっている。「自分が素材を通じ感じ得たことや、失敗から得たもの、デザインとしてまだないものなど、自分の経験からくるものを反映させたいと思いますね。以前、ガラスの素材について考えている時に思いついたのですが、脈理と言ってガラスの質が変わる際に筋が入ることがあるんです。それをコントロールして模様にできないかと…学生時代に取り組んだこともありました。今は、還元ガラスを用いた新しい形やこれまでにない模様のつくり方を考えています。素材からデザインに、そこからまた素材に帰るという行き来というか」と。
青さんの初めての個展は、もうすぐである。きっとこれから、色々なところでお見かけすることになるはずだ。これからも変わらず、流行に左右されない青さんの研究的で実験的な作品づくりを見ていられたら、どんなに幸せだろう。
spiral market selection vol.493
西村青 ガラス展
会期:2022.5.13(fri.)-5.26(thu.)
会場:Spiral Market(Spiral 2F)
営業時間:11:00-19:00
お問い合わせ:03-3498-5792
写真・文 原田教正